新・改革通信 NO.60 (2006.09.12) 竜の口の法難―その不惜身命の精神を受け継いでいるのは誰か

軍部の迫害を恐れて神札を受けた宗門の歴史は決して消えることはない。

文永八年(一二七一)九月十二日深夜、日蓮大聖人は、平左衛門尉によって竜の口の刑場にて斬首されようとした。発端は、大聖人との祈雨の勝負に敗れた極楽寺良観が怨嫉し、幕府に大聖人の誹謗・中傷を重ねて、迫害を謀ったのである。

大聖人は、良観について「僭聖増上慢」に当たる、と断じられている。その僭聖増上慢が国家権力を使い、大聖人を葬りさろうとしたのである。

しかし、首を切られんとする、まさにその時、大聖人は「日蓮は日本の人の魂なり平左衛門既に日本の柱をたをしぬ」と喝破された。

この崇高な不惜身命の精神こそ、大聖人の仏法の魂である。その不屈の精神を受け継いでいるのは誰か。それは歴史を見れば歴然である。

昭和の太平洋戦争下、宗門は「日蓮正宗報国団」を結成し、宗内を挙げて戦争賛美に走った。そして軍部から神札の授与を迫られると、迫害を恐れ、自らが神札を受けただけでなく、創価学会に対しても、神札を受けるように迫ったのである。

これに対して、牧口初代会長は、「一宗が滅びることではない、一国が滅びることを、嘆くのである」と、断固、神札の受け取りを拒否し、牧口初代会長、戸田第二代会長はじめ学会幹部は投獄された。まさに大聖人の跡を継ぐ、不惜身命の戦いであった。それに比べて、宗門はどうであったか。本山は迫害が宗門に及ぶことを恐れ、牧口会長・戸田会長らの登山を禁止したのである。こんな卑怯な宗門のどこに大聖人の不惜身命の精神があるというのか。

我々は、日顕らに戦争加担の謝罪を何度も求め、謝罪なき宗門に、戦争の被害にあったアジアに布教する資格など無いと諫言してきた。しかし、日顕らは我々の諫言を無視するにとどまらず、宗門に戦争責任などないと開き直った。

ところが、である。海外部長であった尾林は「アジアに関する歴史認識」について「そういう国に赴任して布教する場合は、やはり過去のことを懺悔し、そしてまた、そういう国の人々の痛みを理解し、分かち合うという認識をもった上から、日蓮正宗僧侶としての教導を図っていく」(『大日蓮』第六九二号)と述べているではないか。公式には戦争責任を認めず、布教する時には懺悔するふりをしろと言うのだ。なんという卑劣な態度か。

結局、彼らは信徒を欺き、生活の糧として利用しているのである。竜の口の法難の御精神を創価学会初代、二代、三代会長が継承した故に、大聖人の御遺命たる世界一九〇カ国に流布したことは、厳然たる事実なのである。

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