新・改革通信 NO.68 (2007.04.28) 大聖人云く、「日蓮は何の宗の元祖にもあらず」と。世界広宣流布を目指された宗祖の御精神を体現しているのは誰か? 日顕宗門は大聖人が戦われた仏敵そのものである!

 今から七百五十四年前の建長五(一二五三)年四月二十八日、日蓮大聖人は安房国清澄寺で立宗宣言された。果たして、大聖人はこの時、どのような思いで立宗を宣言されたのであろうか。
 立宗宣言の二十三年後、大聖人は妙密上人に送られた御手紙の中で「然るに日蓮は何の宗の元祖にもあらず又末葉にもあらず持戒破戒にも闕(かけ)て無戒の僧有智無智にもはづれたる牛羊の如くなる者なり」と仰せである。そこには、既成仏教の枠を超越し、また、同時に通俗の僧俗の概念を超えた「人間・日蓮」の広宣流布への誓願が感じられる。
 なぜなら、末法万年の世界広宣流布を見据えた大聖人からすれば、当時の既成仏教の僧俗差別の形態など、かえって民衆の自立を阻み、信徒から供養を搾取するための悪弊にしか見えなかったに違いないからだ。


仏法の歴史は人間の尊厳踏みにじる差別的迷信との闘争史
 この通信で繰り返して述べてきたように、仏法の歴史は人間の尊厳を踏みにじる差別的な迷信との闘争の歴史である。釈尊の敵は当時の「生まれ」による差別であった。「法華経」はその差別を打ち破り、人間の尊厳を回復するための教えである。
 「法師品」には、善男子・善女人という民衆が広宣流布の運動を展開する姿が描かれている。現実世界の中で民衆を自立させる思想革命を果たすには、民衆が主役にならなければならない。釈尊からすれば、必然的な答えであったに違いない。
 「一生成仏」を説き、当時の「歴劫修行」「色相荘厳な仏」という迷信を破折された大聖人もまた、同じ思いであったであろう。先に述べた「日蓮は何の宗の元祖にもあらず……」との一節を拝す時、「凡夫即極」を目指す宗教改革の道を歩まれていた大聖人の心情が感じられてならない。


「僧俗差別」は、信徒を封じ込めるために
堕落僧の作った「装置」
 日顕宗が主張する「僧が上、信徒が下」などという差別は、信徒の力を封じ込めて、信徒支配を容易にするための装置である。その装置があれば、どんなに堕落した僧侶でも信徒の上に立つことができる。しかし、その差別の恐ろしさは一人の人間の可能性を矮小化し、日蓮仏法を否定することである。今の日顕宗の姿は、まさに大聖人の敵であった当時の既成仏教の姿なのである。
 それに比して、大聖人が描かれていた民衆運動の姿こそ、通俗の僧俗の概念を打ち破って、民衆が主体となっている今の創価学会の姿に違いない。その運動は単なる仏教流布の枠組みを超越した、平和・文化・教育を中心とした世界変革の大運動である。
 大聖人の御精神と創価学会の歴代会長の精神が見事に一致しているからこそ、未曾有の世界広布が実現しているのだ。


正本堂破壊こそ、日顕が天魔である証明
 広宣流布とは民衆が自立を勝ち取り、「一生成仏」「人間革命」の思想を世界中へ広めていく運動である。それを阻むものは、民衆の自立を憎む宗教的権威である。だからこそ、釈尊は「三類の強敵」の出現を説き、大聖人も「此の経閻浮提に流布せん時、天魔の人の身に入りかはりて此の経を弘めさせじとて」(御書 一四一五頁)「大悪魔は貴き僧となり父母兄弟等につきて人の後世をば障るなり」(同 一四九七頁)とおおせである。
 この大聖人の予見通りに、日顕は創価学会を破門に処し、世界広布を阻もうとした。そして、八百万信徒の浄財で建立された正本堂を破壊するという暴挙に出た。信徒の赤誠をいとも簡単に破壊する行為、その振舞が、天魔の本性を如実に証明している。
 信徒の真心を踏みにじった日顕の悪行に対して、多数の創価学会員が裁判を起こした。その学会員の思いは、単なる裁判の勝ち負けにあったのではない。自分たちの怒りを日顕に突き付けるために裁判という形を取ったに過ぎない。
 それを日顕らは「裁判に勝った」などと騒いでいるが、本質的な問題は、その信徒の無念さを感じないその体質にある。その体質こそ、日顕らが反仏教であり、僧侶として狂っている証左なのである。


宗門を食い潰す「法教院」
 日顕宗は「法教院開設二十周年」と銘打って、四月二十日から二十七日まで法教院で展示を行った。この能天気な行事に、日顕宗の無能ぶりが露呈されている。
 脱講続きで折伏の実数はゼロどころかマイナス。活動家信者の高齢化も深刻で、将来信者の増える見込みは皆無だ。それなのに日顕の自己満足のために膨大な金を浪費、寺が増えないのに法教院から無任所教師は続々生まれる。その”無任所”を飼い殺しにするための信者の負担がますます寺離れを生み、寺の新設どころではなくさせ、宗門を衰退させている。この悪循環システムの中心にあるのが法教院であることはだれの目にも明らかだろう。
 日顕の見栄と面子に振り回されず、経済的視点に立って冷静に宗門の維持を考えるならば、二十周年を契機に法教院を封鎖すべきである。そうすれば、宗門の実験的な試みだったという一応の意義は残るかもしれない。しかし、これ以上、法教院を継続すれば、宗門は致命的な打撃を受けるだけだ。今なら、まだ間に合うかもしれない。宗内僧侶はすぐにでも声を上げるべきであろう。

 宗門事件の根底にあるのは、「僧俗差別」という日顕の狂った思想だ。日顕は僧侶の優位性を保つために、僧俗差別という装置を作り上げ、それを永続させるために法主絶対という迷信を説いている。そして法教院は日顕の思想を護る親衛隊を生み出すためにある。
 しかし、あのナチスの末路と同じように、日顕宗は悪の権化の代表として、永遠にその悪名を残し、社会から追放されることは必至である。このままでは宗内僧侶の子孫までも、その残党の汚名を着せられることになるということを肝に銘じるべきである。(編集部)

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