新・改革通信 NO.137 (平成29年12月18日)未来の人材を潰す「法教院」は宗門衰退の元凶(1) <正規の大学ではないので、卒業しても「大卒」にならない>

 昭和59年8月、本山で行われた教師講習会の席上、日顕が宗門大学の設立を発表した。当時、宗門の学生のほとんどが、立正大学をはじめとした他宗派が運営する仏教系の大学に進学していた。“それでは大聖人の仏法を正しく研鑽することができない”というのが、日顕が大学科の構想を発表した表向きの理由である。しかし、その裏には、宗門大学の創立者として宗史に名前を残したいという日顕の野心が見え隠れする。
 そして、昭和63年4月、法教院が開学し、来年4月で30周年となる。この法教院が建てられた土地は東洋哲学研究所が所有していたものであり、それを創価学会が宗門に寄進した。
 しかし、この法教院には反対の声も多かった。昭和60年2月、宗内の各方面の代表僧侶50数名を集めて、「宗門大学検討会」が行われたが、その席で、高野日海氏が「そんなもの作って、一体誰が行くんだ!行く者なんかいやしない!」と宗内の意見を代弁するかのように、反対の声を上げた。
 それでは「法教院」の問題は何か? 明日、19日で、満95歳になる日顕は「法教院」を自分の功績としたいのであろうが、30周年の節目に、その問題点を浮き彫りにし、未来の宗門にとって、「法教院」は本当に必要なのか、あらためて宗内僧侶に問うものである。

問題点1.法教院は文部省の認可がない私塾である

 この法教院の最大の問題は正規の大学ではないということだ。大学とは「学校教育法」等に基づき、大学教育に必要な設備や教職員などの基本的要件を満たした上で、文部大臣の認可を受けて、初めて開設できる。
 しかし、日顕は“正規の大学にすると僧侶以外の者や場合によっては他宗の者の入学も認めなければならない。それでは宗門の僧侶の英才教育を行う支障になる。だから正規の大学としての認可を申請しない”と自説を唱えた。それに対して宗内からは、“いくら大学科を卒業しても社会的には高卒の学歴になってしまうではないか。世間から馬鹿にされる”という反対意見が出た。しかし日顕は”僧侶は出世間であり、世間の評価など関係ない”と「法教院」の開設を断行した。
 日顕の言い分は独りよがりである。大学に行くことは世間の評価だけの問題ではない。もし、仏教研究のため、大学院に行きたい者は、もう一度、正規の大学に入学しなければならない。宗門の仏教研究者を育てるという面では大きな足かせになる。
 しかし、日顕には将来の宗門よりも、自分が作った「法教院」の存続の方が大事なのだ。日顕は学生を「法教院」に行かせるため、規則の改変を行い、当初は法教院卒業生には本山での一年在勤後、無試験で講師に昇進する特典をつけた。その一方で、一般の大学卒業者は高卒扱いにするという差別化をはかった。高卒者は1年在勤の後、訓導を4年、少講師を3年経て、検定試験を受けて講師になる。つまり、学生は法教院に行かないと出世が7年遅れることになる。
 このままでは、法教院は永久に正規の大学になることはない。日顕の野心の犠牲になる学生たちがあまりにも憐れである。

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