日蓮正宗問題研究1 – 法主の謀略『C作戦』
(4)当初、恫喝を意図した宗門

 『C作戦』は結果的に、ほぼその通りに実行に移され、宗門は学会を「破門」したのであるが、立案時には、必ずしも学会切り捨てを最初から目的とした作戦書ではなかったはずである。というのは、当初、日顕法主並びに宗門首脳は、池田名誉会長・学会に対し、「言うことを聞かないと、切るぞ」と恫喝すれば、学会は否応なく宗門に隷属するしかないと目論んだからである。そうすれば、所詮、信徒団体である学会は、十数年前の第一次宗門問題の時のように、本山の宗教的権威に屈服せざるを得ないだろうと決め込んでいた節があった。

 だが、学会員の信念と団結は予想以上に強く、盤石であった。学会は微動だにせず、学会を脱会し宗門につく者も、ほんのわずかに過ぎなかった。最低でも二十万人は宗門側に来ると信じていた日顕法主は内心、大いに焦った。それは、第一段階である池田名誉会長の「総講頭」職からの罷免の後、『C作戦』通りに「破門」を断行することなく、急遽予定にはなかった学会の「登山会」の廃止を行い、本宗の信仰の根本対象である「大御本尊」をダシにして、一般会員への恫喝を続けたことからも明らかであろう。

 しかしながら、四十余年に及ぶ歴史を有する学会の「登山会」を廃止して宗門の末寺を通す「添書登山」に切り替えるという大掛かりな宗門の揺さぶりにも、全国一千万の学会員は動じなかった。そのため、日顕法主は遂に、最後の切り札である「創価学会破門」を一方的に通告したのである。


>>日蓮正宗問題研究 目次へ
>>トップページへ