新改革通信 特集「C作戦」検証(1) 令和8年1月6日 平成3年、宗門は「軍歌」で幕を開け、学会は「平和の闘士」を称えた
新改革通信 特集「C作戦」検証(1)
発行:青年僧侶改革同盟
令和8年1月6日
「敵は幾万ありとても すべて烏合の勢(せい)なるぞ」--。35年前、日蓮正宗大石寺の平成3年(1991年)は、軍歌『敵は幾万』の大合唱で明けた。
前年の暮れの平成2年12月27日、宗門は突如として池田名誉会長の法華講総講頭職を罷免し、いわゆる宗門事件が勃発した。
その直後、本山の大講堂で開催された平成3年1月6日の「全国末寺住職・寺族初登山」の席上、本住坊の秋元意道が音頭をとり、参加者全員で軍歌の大合唱をしたのである。
この「軍歌」の大合唱は、宗門が最初から学会を「敵」と看做していたことを象徴的に示すものといえる。参加したある住職は〝これから戦争が始まるぞ〟という雰囲気だったと証言している。
もともと、軍歌『敵は幾万』は『戦景大和魂』と題されていた。その歌詞は、
「斃(たお)るゝまでも進めよや 裂(さ)かるゝまでも進めよや」
「破れて逃(に)ぐるは国の恥 進みて死ぬるは身の誉(ほま)れ」
「むくろを馬蹄(ばてい)にかけられつ 身を野晒(のざらし)になしてこそ世にもののふの義といわめ」
など、戦争賛美の言で埋め尽くされている。
本来平和の祈りを捧げるべき僧侶たちの口から、軍歌が勇壮に歌い出されたのである。まことに異常な情景と言わざるをえない。
一方、創価学会はどうであったか。
宗門が軍歌を高唱していた同日、池田名誉会長は「第37回本部幹部会」で“喜劇王”チャップリンの姿を通し、反戦平和の精神について以下のようにスピーチした。
「チャップリンは、(ナチスによる)『ユダヤ狩り』と戦うこの映画(『チャップリンの独裁者』)を大戦中に作った。最も人間的な『笑い』によって、最も非人間的な『暴力』と戦ったのである」
「平和の闘士」を称えた学会と、「戦争賛美」の歌を大合唱した宗門。「平和」と「戦争」、「笑い」と「敵対」というこの象徴的な対比から、今回の宗門事件がスタートしたことを後世のため、歴史に明確にとどめておきたい。
●わざわざ年末に総講頭罷免を行なったのは、聖教新聞が休刊になるから
平成2年、日顕は、暮れも押し詰まった12月27日、臨時宗会を開いて、池田名誉会長の法華講総講頭の資格喪失を決め、その通知書を学会本部宛に送りつけた。そもそも昭和59年に池田名誉会長を信徒の代表として法華講総講頭に任じたのは日顕であった。
日顕がわざわざ年末を狙って、池田名誉会長の総講頭罷免を発表したことには理由がある。日顕は聖教新聞が休刊になる時期を選んだのである。すなわち、聖教新聞が休刊になれば、学会の対応が遅れるはずだと日顕は考えたのだ。
●宗門はマスコミに「解任でも処分でもない」とコメントしたが、日顕は学会に対する制裁であると述べた
この池田名誉会長の総講頭罷免は、表向きは、単に日蓮正宗の規則である「宗規」改正にともなう措置として発表された。宗門はマスコミに「解任でも処分でもない」とコメントしていた。
現法主の早瀬は当時、庶務部長で大願寺の住職であったが、在勤者に「池田名誉会長の総講頭罷免は処分じゃないからな。必ず、そう説明するんだ」と徹底していた。
ところが、その十日後、平成3年1月6日に本山で行なわれた教師指導会で日顕は、学会が宗門からの「お尋ね」に対する回答をせずに九項目の質問をしてきたことに触れ、
「このような形は、全く反省の色もなければ、誠意もないという上から、かねての懸案の法華講本部役員の問題に関する『宗規』の改正にも踏み切ったのであります」
と述べた。
そしてこの翌日の本山の従業員の勤行会でも
「信仰の念がほとんど認められない姿で宗門に対してはっきりと反抗してくる、文書を送りつけてくるというような形が、現総講頭、現大講頭の姿の中にありましたので、やむをえずここで緊急の宗会を招集し・・・」
と、総講頭罷免は明らかに学会に対する制裁であると述べている。
このように、日顕は信徒だけでなく、マスコミを通して社会をも欺いていたのだ。第二次宗門事件はこの日顕の謀略の大嘘から始まったのだ。
●「C作戦」を謀議しながら、学会を賛嘆していた日顕
第二次宗門事件の特筆すべき点は、その謀略性である。
まず、日顕らは「西片会議」「御前会議」で「池田名誉会長追放」を謀議し、体制を整えるために「綱紀自粛」を徹底した。そしてその間も、日顕は表面では池田名誉会長と創価学会を賛嘆し、自分たちの謀略を創価学会に覚られないようにしていた。
『法華経勧持品』に「悪世の中の比丘は邪智にして」とある。まさに、日顕は邪智を振り絞って学会切り崩しの謀略を練っていたのである。
「創価学会分離作戦」、通称「C作戦」の目的は、在家信徒組織である創価学会を解体し、寺院中心の教団、すなわち僧侶優位の体制を再編成することにあった。そして、日顕は創価学会員を完全な支配下に置き、その僧侶中心の教団の頂点に君臨しようとしたのである。
その「C作戦」の全貌と経過、宗門からの学会に対する「お尋ね」文書の欺瞞性、学会から宗門に対しての「九項目の質問」の正当性などをこのシリーズで検証する。(続く)