新改革通信 173 令和8年8月10日 戦後81年、日蓮正宗の戦争責任問題を風化させない為に

新改革通信 第173号  発行:青年僧侶改革同盟
令和8年8月10日

戦後81年、日蓮正宗の戦争責任問題を風化させない為に

 戦後80年の節目であった令和7年から一年が過ぎる。しかし、戦争は決して過去のことではない。世界各地で新たに引き起こされる紛争で、多くの人々が死と背中合わせの危険な現実の中で生活している。戦争のない世界を求める声は世界中に満ちているはずなのに、戦争はなくならない。我々仏教徒は戦争を起こさせないために何ができるのか──。第二次世界大戦中、戦争に協力した過去を持つ各宗教団体は、平和構築に寄与するために、まず、戦争責任を認めることから始めた。
 6月30日に開催された曹洞宗の第150回通常宗議会で服部秀世宗務総長は、戦争協力に対する公式な反省とアジア諸国への謝罪を表明した「懺謝文」(1992年発表)の誓いは「宗門の不変にして揺るぎない宣言」と明言し、戦争協力の歴史への反省を次代に継承することは重要な責務だと強調した。(「中外日報」7月3日)
 その他、戦後に戦争責任を認めて謝罪した多くの宗派は、戦後81年を迎える現在も各末寺の大戦時の記録等の収集を継続し、宗内での平和教育に取り組んでいる。

宗門が戦争責任を認めずとも、宗内僧侶一人一人が国家と宗教について考えるべき

 我々は日蓮正宗を離脱した平成4年から、宗門の戦争責任問題を追求し、正式な謝罪を求めてきた。我々が〝宗門が為すべきこと〟として求めたのは以下の4点である。

(1) 戦時中の戦争協力(軍事物資として仏具、梵鐘など約8トンもの物資を供出)の謝罪
(2) 戦意高揚のために出された「訓諭」「院達」等の撤回
(3) 「日蓮は一閻浮提第一の聖人なり」など不敬罪が適用されると指摘された御書の御文削除と、観念文を国家神道を讚嘆する内容に変更したことの撤回
(4) 牧口初代会長と戸田第二代会長を登山停止・信徒除名にしたことに対する謝罪と名誉回復

 昨年の「戦後80年」という大きな節目には、「宗門が戦争責任を認めずに口を噤んでいても、宗内僧侶一人一人が、日蓮大聖人の弟子として、戦争責任と向き合うべきである」と提言した。なぜなら、宗門の僧侶たちは、世間から見れば、〝戦争に加担した教団〟に属し、負の遺産を受け継いでいる立場にあるからだ。宗内僧侶はそのことを自覚して、再び同じような状況に陥らないためにも、宗門の戦争協力の歴史から目を背けてはならない。

「立正安国」の教えに背き、一国大謗法に加担した宗門

 戦争協力を進めた宗門は、昭和18年6月20日、学林と書院の一部を開放して「静岡県勤労訓練所」とした(「富士年表」)。この際に、書院に大きな神棚が祀られたのである。
 日顕は平成6年6月の日恭法主50回忌法要で「(書院に)『大麻(神札)』が飾られたという事は確かにあった」と認めて以下のように述べた。
 「(日恭法主が)大石寺をお護りくださっておる姿を尊く拝するとともに、一国大謗法の意味における現証として、御自身もその責めを負われて、大石寺の大火とともに御最期をあそばされたと拝察いたします」(「大日蓮」平成6年7月号)
 この日顕の言葉は、読み方を変えると、〝日恭法主は、大聖人の教えより大石寺を護るために一国大謗法に加担し、その故に大石寺の大火で焼死という最期を迎えた〟ということになる。
 宗門は、書院を訓練所とした1週間後の6月27日、総本山に牧口会長と戸田理事長(当時)らを呼び、日恭法主の立ち会いの下、神札を受けるよう強要した。軍部からの弾圧を避けるためである。しかし、牧口会長らは神札を受けることを敢然と拒否され、ついには逮捕・入獄されて大聖人に連なる殉教の道を歩まれた。
 宗内僧侶が知るべきことは、牧口会長が獄中でも堂々と特高警察に「立正安国」の教えを説いていた不惜身命の振る舞いである。

獄中にあっても特高警察に戦争が起きる要因と「立正安国」を説いた牧口会長

 牧口会長は特高警察の「法華経の真理から見れば日本国家も濁悪末法の社会なりや」との質問に対して、「此の末法の社会相は全世界は勿論日本国に於ても同様の事でありまして、斯る状態は法華経に予言せられてある通であります」と前置きされ、「立正安国論」の大集経の文「若し国王有つて無量世に於て施、戒、慧を修すとも我が法の滅せんを見て捨てゝ擁護せずんば是の如く種ゆる所の無量の善根悉く皆滅失して其国に当に三つの不祥の事有るべし、一には穀貴、二には兵革、三には疫病なり、一切の善神悉く之を捨離せば其の王教令すとも人随従せじ常に隣国の為に侵燒せられ(中略)内外の親戚其れ共に謀叛せん(ママ)」(「特高月報」昭和18年8月分)を引かれて次のように述べられている。

「現在の日支事変や大東亜戦争等にしても其の原因は矢張り謗法国である処から起きて居ると思ひます。故に上は 陛下より下国民に至る迄総てが久遠の本仏たる曼茶羅に帰依し、所謂一天四海帰妙法の国家社会が具現すれば、戦争飢饉疫病等の天災地変より免れ得るのみならず、日常に於ける各人の生活も極めて安穏な幸福が到来するのでありまして之れが究極の希望であります」
(同)

 すなわち、牧口会長は①世界の戦争の原因は正しい教え・哲学に背くゆえであり、②生命の尊厳を根幹とする法華経に帰依する国家社会が実現した時に戦争・飢饉・疫病の天災地変を免れ、③同時に一人ひとりの生活にきわめて安穏な幸福が到来することは間違いないと「立正安国」の原理を説かれたのだ。そして、この「立正安国」の実現こそ「究極の希望」であると言われている。
 特高警察の質問は、国家批判の発言を聞き出そうとしたものであろう。しかし、牧口会長は戦争が起きる原因と根本的な解決を真正面から説いたのである。

 宗門が戦争協力に奔走して、一国謗法に加担したために、日蓮大聖人の「立正安国」の信心の血脈は断絶し、その血脈は牧口会長、そして共に獄に入られた戸田会長に受け継がれたことは明白である。その血脈を受け継いだ創価学会と和合していたからこそ、宗門は創価学会の信心に護られていたのである。それは未曾有の宗門興隆の歴史が証明している。その創価学会を破門したことは、宗門がまたしても自ら信心の血脈を断ち切ったことになる。その結果、自活できない援助寺院が増える一方の弱小教団となり果てたのだ。
 戦争を知る世代が急速に減少している今、社会では個人の戦争体験の「記憶」を、資料に基づく「歴史」に変えていく転換点に差しかかっている。宗内僧侶の中には、時間が経てば戦争責任の問題は忘れ去られると思っている者がいるかも知れないが、歴史を軽視する限りアジアや世界への布教など不可能である。我々は日蓮正宗の戦争責任の問題を風化させないために、今後も宗門の戦争協力の実態を歴史にとどめ、戦争加担の謝罪を求めていく決意である。(以上)

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