新改革通信 特集「C作戦」検証(16) 令和8年10月28日 法主絶対論で乗り切ろうとしたが、「かまし発言」で自爆した日顕(上)
●機関誌「大日蓮」が日顕を「現代における大聖人様」とする記事を掲載
『大日蓮』(平成3年6月号)に、某信徒による「創価学会における御宗門批判のキャンペーンについて」と題する文章が掲載された。その中に「現代における大聖人様である御当代の猊下様を否定することにより……」と〝法主本仏論〟とも言える一文が見られる。また、同文章には正本堂建立の御供養金の内訳として「宗門が約150億、創価学会が約200億」という出鱈目な数字が掲載されていた。実際には、法華講を含む宗門が約4億7千万円、創価学会が約350億6千万円である。
宗門は翌月号の『大日蓮』で御供養金の内訳を訂正したものの、「現代における大聖人様である御当代の猊下様」という表現については訂正しなかった。このことは、当時の法華講や宗内僧侶の間に〝法主は大聖人と同等である〟という論理が生まれていたことを示唆している。
●事態打開を願う牧口門下が至誠の諫暁。功労者に対して宗門は威圧的、傲岸不遜な回答
こうした宗門の混沌とした状況に対して、牧口門下たち(和泉・辻・柏原・白木各氏)が立ち上がった。戦前から宗門を知り、坊主の悪根性と戦い闊達な言論で信頼と外護の僧俗関係を築いてきた先輩たちである。若き日の日顕をはじめ宗内を知悉している彼らは、対話拒否、時代逆行の暗黒の事態を迎えている宗門の再生を願い、平成3年7月に7人の能化(高階位の僧)に対して文書を送付して、以下のことを糾した。
一、一片の通知で性急に総講頭を罷免したことは不可解極まりない権力者の所業であること。
一、お尋ね文書自体が、悪意に満ちた誹謗中傷の表現で公式文書とは到底思えないこと。
一、根拠が崩れて、撤回せざるを得なかったあとも何の陳謝もないことは社会常識に欠けること。
一、正本堂説法も記憶違いによる事実誤認であると訂正したが、先師に対する冒涜でもあること。
一、広宣流布達成のために意気込むこと自体に慢心があるとするのは広布と仏法を否定すること。
これらの異常事態を招いているのは、大聖人の仏法とは異なる時代錯誤の権威主義、信徒蔑視の体質が原因であり、まして、「言論、文書等をもって管長を批判」すれば処分するという宗規の条項を設けるなどの非民主的な体質が日顕のもとで作られているなかで、〝能化諸氏こそが法主に進言すべき責任がある〟ということを示した文書であった。いわば前年(平成2年)からの異常な事態に対する総括であり、宗門の健全化を願っての赤誠の文書であった。
通常、いずこの世界でも両方の関係性が難しくなった時に、長老が仲介して両者をなだめ、和解の方向を探っていくことは、社会の智慧でもある。仮に速やかな打開ができなくとも、対話を続ける方途が開かれる。それは人間の営みのなかで長老が持つ役割とも言える。
しかし、暴走している日顕らは、その機会すらも自ら閉ざしてしまった。そして、いっそう浮き彫りになったのは、そうした社会の常識が通用しない、宗門の高圧的・権威的な体質そのものであった。現法主の早瀬庶務部長(当時)は、「学会もとうとう泣きついてきたな」などと見当外れの態度に終始した。だが、事実を丹念に積み上げ、整然と宗門の非を説いていく牧口門下の具申には正面から反論のしようがない。そのことは能化七氏の連名からなる「回答」で、何の釈明もできずに、ただ「事実無根」「ありもしない」などの文言を繰り返すしかなかったことからも明白である。
だが、宗門はあらゆる誤謬や悪質な所業に対する批難を封じるために、とにかく法主は絶対だと言わざるを得ない。〝絶対的な存在である法主が、信徒ふぜいに弁明や謝罪などする必要がない〟──そこで、法主が絶対であるという根拠こそが、それまで誰も言い出したことのない「法主本仏論」なのである。無謬であろうとなかろうと信伏随従を説く〝絶対的権威〟を作り出したのだ。
●能化が法主は「戒壇の大御本尊と不二の尊体」と法主本仏論を展開
宗門の能化たちは、牧口門下からの文書に対して以下のように述べている。
「御法主上人の御指南に随従し、御本尊受持の信行に励むことが肝要です。なぜならば、唯授一人の血脈の当処は、戒壇の大御本尊と不二の尊体にましますからであります」(平成3年7月31日付文書)
この文言に対し、牧口門下は第二信となる文書で日顕と日達法主の以下の発言を引用し、「僧宝以下の立場にある歴代法主が、なぜ戒壇の大御本尊と不二の尊体にましますのか」と見解を求めた。
「歴代法主は僧宝以下の立場であって、それを軽々しく仏様だ、仏様だというような表現は、少し言い過ぎであると私は思っております」(日顕/昭和58年3月31日、第4回非教師指導会)
「我が宗の三宝は、御本尊が法宝、大聖人が仏宝、日興上人が僧宝と立てます。それに対して日目上人は座主である・・・日目上人の後は、みな筒の流れのように、それを受継いでいくにすぎない・・・だから代々の法主が日蓮大聖人ではない。大聖人そのものと間違って書かれてよく問題が起きますが、その点ははっきりしてもらいたい」(日達法主/昭和52年5月26日、寺族同心会)
これまでの宗門の指南を受けた、当然の疑問である。すると能化らは、次のように返答している。
「三宝一体とは、まさに本仏大聖人、戒壇の大御本尊、歴代の御法主上人が、その内証において、一体不二の尊体にましますということであります。外相においては、確かに仏法僧は別体でありますから、日顕上人や日達上人の仰せのように、歴代の御法主上人が、ただちに御本仏大聖人ではありません。しかし、御所持あそばす唯授一人金口相承の当処は、まさに人法一箇の御尊体なのであります」(平成3年9月6日付文書)
●「相承を受けたら仏」というロジックで批判を封じ、「C作戦」を遂行しようとした日顕ら
「能化文書」が言うように「唯授一人の血脈の当処」が「戒壇の大御本尊」と「不二の尊体」であるならば、論理的帰結として相承を受けた法主と戒壇の大御本尊が「不二」ということになる。また、本仏大聖人と法主も「一体不二の尊体」となる。であればこそ、時の法主が手順を間違えようが、理論的整合性を欠こうが、過去の発言と矛盾しようが、さらには論理そのものが破綻しようが、一体不二の尊体である法主は絶対である──究極の「法主本仏論」が誕生したことになる。
加えて能化たちは、その〝補強〟の理論として、「三宝一体」に法主が入ると主張し、「内証において、一体不二の尊体」であると自分たちに都合の良い「三宝論」を述べてきた。しかし本来、三宝一体とは一仏に三宝の徳が具されていることであり、大聖人もしくは御本尊に三宝の徳が具足されていることである。ゆえに日達法主は「人法一箇の御本尊を中心とするのが本来の本宗の行き方でございます。御本尊において三宝相即であります」(昭和52年5月26日、寺族同心会)と指南している。
仏法違背の教義を平然と作る。平成3年夏、本山は天魔の住処となったのである。(続く)