新改革通信 「宗門問題を理解するために」(7)令和 4 年 8 月 10 日

新改革通信 

戦争を支援した日蓮正宗の戦争責任について
 宗教が戦争を支援する──絶対にあってはならないことです。しかし、現在も続いているロシアによるウクライナ侵攻をロシア正教会のキリル総主教が支持しました。そのことを痛烈に批判したロシア女性の手記が、日本の多くの新聞(令和4年5月11日付)に掲載されました。その手記の中で、この勇気あるロシア女性は次のように述べています。

 「驚くべきは、聖職者や信心深い人々こそが、戦時下で一番残酷で非人間的だということです。彼らは、侵略のイデオローグ(唱道者)になってしまった。戦争をやめさせるかわりに、殺りくへ国民をたきつけている。その説教は良心を目覚めさせずに眠らせる。現政権と同様の犯罪者です」

 聖職者が積極的に侵略を賛美する。「良心を目覚めさせずに眠らせる」「殺りくへ国民をたきつける」、この恐ろしい行為は、日本の戦時中にも行われていたのです。今回は日蓮正宗の「戦争責任」について解説します。


1.日蓮正宗の戦争責任とは

 「戦争責任」とは戦時中の「戦争荷担」「戦争協力」に対してとるべき責任のことです。明治時代以降の軍国主義の中で、多くの宗教教団が、軍部の圧力に抗することができず、国家神道に即した教義の変更や戦勝祈願という形で人々を戦争に向かわせ、同時に軍用機の献納など、物資の供給にも積極的に応じたのです。
 日蓮正宗も戦時下において、以下のように戦争を「聖戦」と呼び、法主が先頭にたって戦争に加担しました。

①法主が「未曾有の大戦に必勝を期せむ」等の「訓諭」を発して、信徒を扇動した。
②法主や僧侶が侵略戦争を「出世の本懐」と言い、戦争に勝つことが大聖人の念願であると言って、大聖人の言葉を利用して、戦争に荷担した。
③教義を国家神道に合わせるため、法主を中心とした「上老会議」で「神札の受容」「御遺文の削除」「御書の発禁」「観念文の改変」「本地垂迹説の使用禁止」を決定した。
④本山の木々、御堂及山門の銅瓦、寺院の金属製仏具を武器の資材として提供した。
⑤信徒に献金を募り、軍用機などを軍に献納した。

以上のことは全て宗門の機関誌『大日蓮』や様々な資料に記載されています。詳細は「日蓮正宗問題研究」のホームページを参照してください。

2.国策に従ったことを認めながら、謝罪をしない宗門

 宗門は平成3年に以下のように述べています。

 「一切衆生救済の根本尊崇の大御本尊と、一切衆生の信仰を正しくするために、日蓮大聖人から伝えられた教義の秘伝を軍部の圧政と日蓮宗身延派の野望によって破壊侵害されないために、表面上国策に従い、実際にはそれを無効にしたのである」(「日蓮正宗と戦争責任」)

 宗門はここで、はっきりと「表面上国策に従い」と、軍部に迎合したことを認めています。彼らは「表面上」とごまかしていますが、「神本仏迹論」(神が本地[本来の境地]で、仏は神の垂迹[仮の姿]であるとする説)を説き、大聖人の仏法に違背して国家神道に屈したことに変わりはありません。日蓮仏法の正義は身延派によって侵害されたのではなく、宗門が自らの手で破壊したのです。
 終戦50年を契機に多くの仏教教団が「戦争責任」を認めて謝罪を表明していますが、日蓮正宗は未だに「戦争責任」を認めることも謝罪することもありません。

3.「神札問題」の四か月前に、創価学会を切り捨てようとしていた宗門

 昭和18年6月、日蓮正宗は日恭法主の立会いのもと、学会も神札を受けるように命じましたが、牧口先生はこれを拒絶しました。そして同月末、宗門は牧口先生に対して「登山停止」を命じ、さらに「信徒除名処分」を言い渡したのです。そして、この1週間後の7月6日、牧口先生と戸田先生は、「治安維持法違反」と「不敬罪」で逮捕されました。
 実はこの神札問題の四ヵ月前に、宗門が創価学会を切り捨てようとしていた事実が資料的に明らかになっています。
 『日恭上人の御師範』と題された宗内文書によれば、昭和18年2月、宗門は「不敬罪」の手入れがあるとの噂に怯えて、庶務部長が、第二特高課長に、創価学会と宗門の関係について「会員のなかに脱線的な分野もあって苛烈な折伏をすることは日蓮正宗の本山が直接は知らないことであり、また正宗の純信者や末寺には不敬の行為は絶対にない」と説明して、学会の行動と宗門との関わりを完全に否定して泣きついていたことが記されているのです。
 また、当時の宗門は拘留中の牧口会長の留守宅に庶務部長らを遣わして、家族に牧口会長に退転を促すように説得していたことも明らかになっています。宗門は常に、自分たちの保身しか考えていなかったのです。

4.過去の歴史を清算せずにアジアに布教することは許されない

 私たちは、今から30年前、平成4 年8 月15 日の終戦記念日に、宗門に「速やかに戦争責任を謝罪せよ」と題した文章を送付し、それ以来、何度も繰り返して、宗門に戦時中の戦争協力の謝罪を表明することを求めてきました。
 今、宗門は盛んに「折伏せよ」と信徒に号令をかけていますが、社会的な責任を持つ仏教教団として布教しようとするならば、「戦争責任」に向き合い、過去の歴史を清算しなければならないと、私たちは訴えているのです。
 特に海外において、日本の軍国主義の犠牲になった韓国、台湾、東南アジア諸国に侵略戦争加担の謝罪をせずに、布教することは道義的に許されることではありません。
我々は繰り返して宗門の戦争荷担について追及することが、次の世代にこの問題を伝えていくことになると信じ、これからも宗内外に宗門の戦争責任を訴えていく所存です。
(以上)

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