新改革通信 特集「C作戦」検証(11) 令和8年6月25日 伝聞と憶測の「お尋ね」文書で魔女狩りを企んでいた日顕

新改革通信 特集「C作戦」検証(11)
発行:青年僧侶改革同盟
令和8年6月25日

伝聞と憶測の「お尋ね」文書で魔女狩りを企んでいた日顕
日顕らは、「お尋ね」文書を学会に送りつけた後は一切の対話を拒否して、ことを急いでいた。しかし、日ならずして根拠が次々と破綻していき、あげくの果てに、平成3年1月12日付の文書で、宗門は重大な質問部分を撤回する結果となった。
この宗門の「お尋ね」文書が、総監名で学会に詰問した「公式文書」であるにもかかわらず、世間では通用しない、撤回だけでは済まない文書であることをあらためて説明する。

宗教団体の公式文書としてあり得ない、「反訳」の間違いと不確かな伝聞の利用


(撤回された宗門側の反訳)
「工夫して折伏するのがないでしょう、ね。日蓮正宗で、いなかったんですよ」
(実際のスピーチ)
「工夫して折伏する以外ないでしょう。ね、日淳上人が一番よく分かっていますよ」

宗門は池田名誉会長が宗門批判をしていると主張したが、全くの言いがかりであった。とても単なる反訳の間違いと思えない。発言の意味が全く変わっており、宗門が入手した録音テープの質が悪かったか、あるいは改竄したテープであったか、それとも悪意で反訳を行ったかを証明しているようなものである。それを平然と、悪びれもせず文章にしてくる宗門の悪辣さに驚くばかりであるが、それだけ日顕らが焦っていたことを雄弁に物語っている。

(撤回された宗門側の反訳)
「ただ……、真言亡国・禅天魔、法を下げるだけでしょう」
(実際のスピーチ)
「ただ朝起きて『真言亡国・禅天魔』。(笑)法を下げるだけでしょう」

 宗門は池田名誉会長が大聖人の四箇の格言を否定したと指摘してきたが、「朝起きて」の一言があるかないかだけで意味が全く変わってしまう。これは〝折伏は決して簡単なことでない〟という趣旨で、実際のスピーチでは笑いが起こったところである。「朝起きて」の一言が判別できないような録音を元に、告発する材料を探して、ようやく見つけたというところであろう。それは他に材料として使える箇所がなかったということを示唆している。

(撤回された宗門側の主張)
「11・16以後の池田名誉会長の発言として、大聖人と親鸞のイメージを比較し、『親鸞は親しみやすく、大聖人は強いイメージがあり、これではこれからの折伏ができない』として、『親鸞のイメージのごとき親しみが、これからの折伏の条件』のように言われ、『大聖人の慈悲深い面をもっと表面に出したり、法門の中にもよいことがあるので、それを判りやすく説く私のスピーチを元にするよう』に、と言われたそうです。」

この主張に至っては、宗門は次のように言い訳をして、撤回している。

「確かな筋から聞いたことではありますが、これを提出した人を証人にすることは現時点では困難であり、出処を明かせませんので、今回はこの件について『お尋ね』を撤回いたします」

出処を明かせない証言をもとに、僧侶が信徒を告発しようとするなど前代未聞である。とても撤回だけで済まされることではない。ましてや謝罪もせずに終わりという問題ではない。

根拠のない告発で無実の人を処刑する「魔女狩り」のような宗門の言いがかり

 また宗門はスピーチで「『俺偉いんだ。お前ども、信徒ども、信者、信者』って。そんなのありませんよ、この時代に」と正信会の僧侶を批判している部分について

「こうした発言をすることは、当然、現宗門僧侶に充て(ママ)られたものとしかとれません」

と述べているが、何の根拠もない言いがかりである。事実、正信会の僧侶たちは信徒を自分たちの「オモチャ」と称して見下し、葬儀の席で「学会をやめないと成仏しない」と脅すなど、これが僧侶かと思うほどの非道ぶりであった。当時、スピーチを聴いた全国の会員が、この内容が学会員を苦しめた「正信会」の僧侶を糾弾したものであると受け止めていたことは間違いない。それほど彼らの所業は仏法上からも許されざる出来事だった。
さらに、スピーチの「猊下というものは信徒の幸福を考えなきゃいけない。権力じゃありません」という箇所について宗門は「驕慢謗法」発言の時と同じように、目くじらを立てて、

「信徒の立場で、仏法教導の師として仰ぐべき御法主上人に対し、こうあるべきだと有りようを語った、実に傲慢無礼な暴言であります」

と大人げない、大上段に構えた過剰な反応をしてきた。宗門は何としても名誉会長を排除するための理由を作りたかったのだ。
しかし、スピーチのこの言葉は、日達法主の「私(日達法主)も人類の恒久平和のために、そして世界の信徒の幸福のために毎日毎夜、大御本尊に御祈念申し上げております」という指南を引用して言われた言葉であり、日達法主の立場で言えば余りにも当たり前の話である。実際に聞いていた会員の誰もが日顕を批判しているなどとは思ってもみなかった。
ところが宗門は、ついにともいうべき言葉を並べてきた。それは

「名誉会長の実際の発言が、本宗の信仰において許されるか許されないかの判断は、創価学会側ではなく、つねに日蓮正宗側にあることは明らかであります」

と、〝宗門が黒と言えば、白も黒である〟という衣の権威を振りかざしてきたのである。これでは、根拠のない告発で無実の人を処刑する「魔女狩り」と同じである。

この「お尋ね」文書の内容を整理すると以下の3つの範疇となる。

(1)明確な反訳の間違いを認めて撤回したもの
(2)出処の明かせない伝聞を使い、撤回したもの
(3)「正信会」僧侶の糾弾などについて、「法主と現宗門に対するもの」と主張

「お尋ね」は余りにも粗末であり、内容も破綻している。これが公式文書である以上、批判した内容の「撤回」は、通常、トップが責任をとるレベルの重大な失態であろう。
また(3)のように明確な証拠なくして無理やりに問題化しようとする、まさに日顕らは現代の「魔女狩り」を企んでいたのだ。そしてこの「魔女狩り」はやがて宗門の教義まで変質させていくのである。(続く)

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