新改革通信 第165号 令和3年11月25日 学会を破門し、世界宗教の道を放棄した宗門(下)

新改革通信 第165号 令和3年11月25日

学会を破門し、世界宗教の道を放棄した宗門(下)
創立当初から世界宗教の条件を備えていた創価学会


●世界宗教の道を閉ざす本山信仰と葬式仏教
 宗門は“登山しなければ成仏できない”“僧侶がいない葬儀では成仏できない”と未だに言い続けている。彼らの言い分では僧侶のいない地域では誰も成仏できないことになる。
オックスフォード大学名誉教授のブライアン・ウィルソン博士は、「特定の“聖地”に行かなければ信仰が全うできないとするのは、世界宗教の要件を欠く」と指摘している。
 もちろん、大聖人の時代に登山会などはなく、大聖人が“自分の元に来なければ成仏できない”と仰せになるわけがない。佐渡の千日尼へのお手紙には「御面を見てはなにかせん心こそ大切に候へ」と仰せである。また、日蓮大聖人や日興上人らが信徒の葬儀を執行していたという記録もない。今の葬儀は江戸時代の「檀家制度」の産物である。
 江戸時代への“復古主義”を唱える宗門は、日蓮仏法の本質と関係のない化儀で創価学会を攻撃している。それは同時に世界宗教への道を放棄していることになる。


●牧口初代会長の時代から世界宗教の条件を備え、
世界宗教の本地を顕現
 アメリカの宗教ジャーナリストのクラーク・ストランド氏は「宗門による破門こそがSGIの運動をより世界に広げていく転機になった」と述べている。たしかに「破門」は学会が世界宗教として飛躍する契機になったが、その条件は創立当初から備わっていたと言える。
 牧口初代会長は勤行・唱題や座談会を軸として活動された。牧口会長の『人生地理学』には「発達したる人民は必ずしも宗教の起源地、其の他の霊地を参詣せずとも内心の信仰によりて其の宗教心を満足するを得るに至る」とある。
 当時は本山への登山会はなく、“誰でも、どこにいても成仏することができる”という世界宗教の基本的な条件は整っていたのだ。これこそが日蓮仏法の本質である。そして宗門問題を通して、創価学会はいよいよ世界宗教としての本地を現した。現代の発迹顕本と言える。

 破門から25年後の平成28年、イタリア共和国において国家とイタリア創価学会のインテーサ(宗教協約)が締結された。これは特定の宗教団体に一定の権利を保障し、学校での宗教教育や研究機関の設立等を認めるものだ。教条主義の宗門には決して実現できない壮挙である。民族や文化の境界を超える「世界宗教」を標榜する創価学会だから実現できたのだ。
 コロナ禍にあっても、学会員は世界各国で“仏の遣い”として友を励まし、異体同心の団結で進んでいる。我々も仏子の和合僧団の一員として、これからも宗門の悪行を糺していく決意である。(終わり)

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