新改革通信 第166号「宗門問題を理解するために」(1)令和4年3月30日

新改革通信 第166号 令和4年3月30日

「宗門問題を理解するために」(1)
 はじめに、ロシアのウクライナ侵攻の犠牲となった方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。即時停戦と平和回復へ、一日も早い事態の終息を真剣に祈ってまいります。
 さて、今から30年前の平成4年3月30日、私たちは法主・日顕の退座を求めて宗門を離脱し、「青年僧侶改革同盟」を結成しました。そして宗門改革を訴え、「改革通信」等を発信してきました。このたび、離脱30年を新たな出発として、シリーズ「宗門問題を理解するために」を作成し、宗門の問題点をさらに追及することとなりました。一体、宗門の何が間違っているのか──。仏教の歴史と大聖人の教えから、問題点を明らかにしていきます。

仏教の歴史は僧俗差別との戦い

1、宗門問題は特殊なことではなく、仏教の歴史は僧俗差別との戦いでもあった

 宗門問題は単なる教団同士の争いではありません。宗門が持っている僧俗差別の体質から生じたもので、創価学会は、そのような差別思想は大聖人の教えに反していると、宗門の間違いを糺しているのです。
このような僧俗差別との戦いは釈尊滅後から起こっています。一方、大乗仏教の精髄である法華経、そして、日蓮大聖人も一切衆生の平等を説き、「法師品には若是善男子善女人乃至則如来使と説かせ給いて僧も俗も尼も女も一句をも人にかたらん人は如来の使と見えたり」(椎地四郎殿御書)と仰せです。
 それに対して宗門は「僧俗がまったく対等の立場にあるように言うのは、信徒としての節度・礼節をわきまえず、僧俗の秩序を失うものである」(平成2年12月 「お尋ね文書」)と主張しているのです。

2、僧俗差別の思想は釈尊滅後の産物、釈尊の有名な弟子には女性も在家者もいた

 釈尊の弟子と言えば男性出家者の「十大弟子」が有名ですが、初期仏教の仏典には有名な弟子の代表として、男性出家者の他に女性出家者13名、在家男子11名、在家女性10名の名前が挙げられています。これは、釈尊の時代には在家や女性は軽視されていなかったことを表していると言えるでしょう。
 出家中心主義が台頭することになったのは釈尊滅後です。「阿含経」では仏教の実践を出家道と在家道に分け、在家にとどまる限り、生死の世界から脱することができないと説かれています。このような僧俗差別の思想は、釈尊滅後に作られたものなのです。

3、釈尊の民衆救済・平等思想に立ち返えることを説いたのが法華経である

 釈尊の滅後、仏教の教団は、やがて資本家や地主から僧院や土地などを寄付されるようになり大きく発展しました。そして、僧侶たちは生活が保証されると、世俗から離れた僧院で煩瑣な教理の研究や、自己の悟りのための修行に専念するようになったのです。そして同時に、在家や女性を軽視する差別が生まれました。
 そのような利己的な僧侶たちを批判して、民衆救済のために仏法を説いた釈尊の精神に立ち返ることを目指して大乗仏教が誕生しました。大乗経典において仏教を担う者として説かれるのは「成仏(菩提)を求める人」を意味する「菩薩」です。その菩薩は出家と在家の両方を含んでおり、出家・在家に関わらず菩薩の道を歩めば、仏と同じ悟りに到達することができると考えたのです。その大乗仏教の経典の中で「諸経の王」と呼ばれているのが「法華経」であり、誰もが平等に成仏できるという思想が説かれています。

4、法華経と日蓮大聖人の教えに背き、宗門は僧俗差別を唱えている

 日蓮大聖人は、法華経に説かれた根源の法である「南無妙法蓮華経」を唱えることにより、いかなる人も仏の境界に至ることができると説かれました。御書には「されば此の世の中の男女僧尼は嫌うべからず、法華経を持たせ給う人は一切衆生のしう(主)とこそ仏は御らん候らめ。」(四条金吾殿女房御返事)と、男女・僧俗の差別なく御本尊を信じる者は一切衆生の主にあたると言われています。
 ところが、宗門は“僧侶が師である”という「僧俗師弟義」なるものを主張し、「僧俗師弟義を蔑ろにすれば(中略)師敵対の大謗法罪によって、必ず地獄に堕します」(平成3年11月、創価学会解散勧告書)と述べています。宗門の機関紙では「僧俗師弟義」の依文として「法華初心成仏抄」の「よき師とは、指したる世間の失無くして、聊のへつらふことなく、少欲知足にして慈悲あらん僧の・・・」を引用していますが、そもそも「よき師」が僧俗差別を説いたり、信徒の供養で贅沢したり、“我々が師だから敬え”などと言うはずがありません。大聖人の如く慈悲ある「よき師」であれば、創価学会を守り、讃えることでしょう。
 また宗門は「宗務院からの指摘」(平成3年1月)なる文書で「あくまでも『弟子』の次に『檀那』であり、『檀那弟子』と示された御書がない」と述べていますが、この理屈で言えば、大聖人が「四恩抄」に法華経法師品の「在家出家の法華経を読誦する者」との文を引かれているので、在家が上ということになります。極めて幼稚な考えです。
 平成3年1月、秋谷会長(当時)が大石寺に行き、法主の日顕(当時)に対話を申し込みましたが、宗門は“法主にお目通り、叶わぬ身である”と対話を拒否しました。宗門が時代錯誤の差別意識に囚われている何よりの証左です。

 次回は「宗教改革は、宗教的依存・隷属からの解放」というテーマでお届けする予定です。

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