日蓮正宗問題研究9 – 日蓮正宗・阿部日顕法主「シアトル買春事件」の真相
(4)追い詰められた日顕法主――「シアトル事件」が裁判に

(1)アメリカで裁断=クロウ夫人が名誉棄損で提訴

 クロウ夫人の勇気ある告発に対して、日顕法主等は、「大嘘」「偽証」等の悪意に基づく攻撃を繰り返しました。こうした日顕法主らの行為によって名誉を著しく傷つけられた同夫人は、平成4年9月17日、米カリフォルニア州ロサンゼルス郡地方裁判所に、名誉棄損の損害賠償請求訴訟を起こしました。

(2)追い詰められた日顕法主――嘘の証言で宗内を欺く

 現職法主の買春事件は、いわば、国家でいうと首相のスキャンダルと同じです。クロウ夫人の衝撃的な告発により、宗門全体に動揺が広がるのを恐れた日顕法主は、事件との関わりを全面否定して乗り切ろうと考えました。 「(ある人物からシアトルで夜、ホテルから出たとか、トラブルを起こしたとか聞かれて)『いいえ、まったくありません。一歩も出ていません。(中略)全然覚えもなければ何もないんだからね』って言いました」 (日顕法主発言。平成4年8月28日、全国教師講習会)

 “事件当夜、ホテルから一歩も外に出なかった”という日顕法主の発言は、これだけではありませんが、さらに日本のシアトル裁判の法廷においても、宗門側の弁護士が「ホテルから一歩も出ていない」ということをはっきりと述べていたのです。ところが、追い詰められた宗門側は、日顕法主が事件当夜に、ホテルから出て、一人で散策し飲酒して戻ったことを認めたのであります。しかも、裁判所に提出した準備書面には「飲酒し」たことを記載しているにもかかわらず、宗内に配布した文書にはわざとその部分を省いているのです。こうした姑息な対応を見て、日顕法主の言への不信感が宗内に広がっているのも当然のことといえましょう。

(3)自暴自棄になった法主――“自爆訴訟”を次々と

 事件の核心を覆い隠し、宗門の僧侶と信徒がいだく「不信」を少しでも紛らわせようとする日顕法主は、“悪あがき”とも言うべき訴訟を次々と起こしては“自爆”を続けています。

 まず、平成4年11月、「シアトル事件」を報じた写真週刊誌『FRASH』(発行元・光文社)を相手取り、2億円の損害賠償と謝辞広告を求める名誉棄損訴訟を起こしました。そして、「光文社を徹底的に追い詰めながら進めております」(平成6年8月21日)などと虚勢を張って宗内を欺いていましたが、実は逆に宗門側の敗訴が必至な状況に追い詰められていたのです。そこで今度は、何とか対面を保とうと「和解」に持ちこむ画策をしました。

 内部には“大本営発表”を繰り返し、陰でコソコソ和解工作という、日顕法主の体質がはっきりあらわれた訴訟事件でした。

 結局、平成7年11月17日、和解が成立しましたが、当初の要求であった光文社に対する「損害賠償」「謝罪広告」の請求のすべてを放棄するという、宗門にとっては屈辱的な内容となり、事実上、宗門の“全面敗訴”に終わりました。

 更に、平成5年12月15日、突然、宗門は、「シアトル事件」を報道した創価新報や聖教新聞の報道を名誉棄損であるとし、創価学会などを相手に、謝罪広告と10億円の損害賠償を求める裁判を提起しました。事件の発覚から一年半も経ち、誰の目にも不可解な、自暴自棄になった日顕法主の“自爆訴訟”でした。その結果、昨年10月2日、9日、クロウ夫人が証人尋問に立ち、事件当夜の模様を具体的かつ明快に証言することができたのです。傍聴に来ていた阿部信彰住職(日顕法主の長男)をはじめとする宗門の僧侶たちも、証言が進ほどに、首をうなだれて、顔もあげられなかったといいます。しかも、宗門側は、自分たちで訴えた訴訟であるにもかかわらず、クロウ夫人に対する反対尋問のための期日を、尋問の準備のためと称して必死になって引き延ばしていました。しかし、記事が公表されてから既に3年以上も経過しているにもかかわらず、何を準備するというのでしょうか。窮地に追い込まれた状況がはっきりとわかる法廷でした。